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東京地方裁判所 昭和43年(レ)338号 判決

控訴人 平和土地建物有限会社

右代表者代表取締役 金山武市

右訴訟代理人弁護士 平出馨

被控訴人 中川重雄

右訴訟代理人弁護士 須賀利雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

一  控訴人

原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和四一年四月一日から同建物の明渡し済みに至るまで一ヶ月金七、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

二  被控訴人

主文第一項同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  次に本件建物の賃貸人たる地位の承継について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

訴外亡竹林作次郎は同竹林とめの夫であり、同竹林正七および同人の妻マツノは右作次郎、とめの養子であったが、作次郎、正七およびマツノは、とめが昭和四〇年六月二四日死亡したことにより、その共同相続人として同人の権利義務を承継し、次いで作次郎が昭和四一年一月一三日死亡したので、右正七、マツノおよび作次郎の養女であった訴外須川スザカは作次郎の相続人としてそれぞれ同人の権利義務を承継した。その後同年三月頃(おそくも同月二二日までの間)正七、マツノおよびスザカの両名から、それぞれ同人らが、これらの相続によって取得した本件建物所有権の持分を譲り受けて単独所有者となり、同年三月二二日本件建物を控訴人に対し代金六五〇万円で売渡した。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人は、昭和四一年三月二二日、本件建物の所有権を取得するとともに本件建物の賃貸人の地位を承継したというべきである。もっとも、≪証拠省略≫によれば、作次郎には長男正七、養子マツノ、スザカのほか二男作之助があったことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、昭和四一年五月六日正七は右作之助に対する失踪宣告を東京家庭裁判所に申立て、同裁判所は昭和四二年二月一七日作之助に対する失踪宣告の審判をなし、右審判が同年三月四日確定し、これによって作之助は同人が船舶から投身自殺をはかり生死不明となった昭和二四年七月一八日から七年を経過した日である昭和三一年七月一八日に死亡したものとみなされることになったことが認められるので、結局前記認定のとおりの経過によって控訴人が本件建物所有権を取得し、その賃貸人の地位を承継したということを妨げるものではない。

三  控訴人の本件賃貸借契約は昭和四一年一二月三一日に解除されたという主張について判断する。

控訴人が被控訴人に対し昭和四一年一二月二七日到達の書面で、同年四月一日以降の一ヶ月金七、〇〇〇円の割合による賃料を右書面到達後四日以内に支払うよう催告し、右期間内に支払わないときは本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、被控訴人が右期間内にその支払いをしなかったこと、右催告および解除の意思表示をなした当時控訴人は本件建物につき所有権取得登記を受けていなかったことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで右催告および解除の意思表示の効力について検討するに、控訴人は、右催告、および解除の意思表示をした当時、控訴人は本件建物所有権取得登記を受けていなかったけれども、その登記を受けたと同視すべき特段の事情があったとして縷々主張する。しかしながら賃貸借の目的物である不動産の所有権の移転による賃貸人の地位の承継を賃借人に対して主張するのに、目的物の所有権移転登記を経由していなくとも、他の方法をもって所有権の移転を確知し得ればよいとすると、二重譲渡の場合など法律関係が紛糾することも考えられるので、法律関係を画一的に処理し、賃借人の立場を安全、確実なものとするために、所有権取得の登記を経由することを要すると解するのが相当である。そうだとすると、右催告および解除の意思表示をなした当時、控訴人は本件建物について所有権取得登記を受けていなかったのであるから、被控訴人に対し自己が本件建物の賃貸人であることを主張し得ず、したがって右催告、および解除の意思表示は、その効力を生じ得ないものであったといわねばならない。

四  次に、控訴人の、特約による解除の主張について判断する。

(1)  本件建物につき昭和四二年四月一三日控訴人に対する所有権移転登記がなされたこと、控訴人が被控訴人に対し昭和四二年九月一〇日到達の書面により、同年四月一三日以降の賃料不払を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

前記二認定事実と右の当事者間に争いのない控訴人に対する本件建物所有権移転登記の事実によると、昭和四二年四月一三日、控訴人は本件建物の賃貸人たることを被控訴人に対して主張できることになり、同日以降、被控訴人は控訴人に対して本件建物の賃料債務を負うことになったといわなければならない。

(2)  ≪証拠省略≫によれば、訴外亡竹林とめと被控訴人との間の本件建物の賃貸借契約において、賃料は毎月二八日までに、当月分を賃貸人方へ持参して支払う、もし被控訴人が一ヶ月でも賃料の支払いを延滞したときは、何らの催告を要せず当然契約は解除せられたるものとする旨の約定がなされたことを認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、右認定の特約は、家屋賃貸借の継続的契約関係たる特質を考えると、賃貸借契約の継続を強いることが賃貸人に酷であるといえる程度の賃料債務の履行遅滞を生じた場合には催告なしで賃貸借契約を解除することができるということを定めたという限度において、効力を有するものと解するのが相当である。

(3)  そこで被控訴人は何時控訴人に対する関係で賃料債務につき遅滞に陥ったかを検討する。≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

被控訴人は、昭和四〇年一二月二〇日頃訴外竹林正七の代理人である金山武市(控訴人代表者)から、本件建物の賃料値上げの交渉を受け、昭和四一年一月分より金二、〇〇〇円増額して一ヶ月の賃料を金七、〇〇〇円とする旨の合意ができた。その際、本件建物を他に売渡すようなときは事前に被控訴人に相談してほしい旨金山に依頼し、同人の了承を得ていたにも拘らず、同年四月はじめ同人から電話で、控訴人が本件建物を買ったから明渡してほしいとの申出を受けたのでひどく驚き、かつその取引に不審をいだき、控訴人が不動産業者であることから将来不利な立場にたたされるかも知れないと考え、従来通り正七を賃貸人として同人に賃料を提供したが受領を拒絶されたので、同年四月分以降の賃料を同人に対する弁済のため供託していた(因に、昭和四二年四月分以降の供託の日時、四月分は同年五月六日、五月分は同年六月五日、六月分は同年七月六日、七月分は同年八月五日、八月分は同年九月二日)。被控訴人は同年五月二五日正七から、本件建物の賃貸人たる権利義務一切を控訴人に譲渡した旨の通知を受け、更に同年七月八日控訴人から本件建物の売買契約書を、同年八月上旬には控訴人が本件建物の敷地の借地権者である旨を記載した同敷地所有者訴外石井元治作成の書面をそれぞれみせられたが、所有権取得登記がなければ控訴人を賃貸人と認めないと主張して譲らなかった。その間、被控訴人は控訴人の代理人平出馨弁護士から、登記ができないのは、訴外竹林作次郎の子である作之助が生死不明で、同人に対する失踪宣告が確定するまで遺産である本件建物を正七が単独で登記し得ない事情があるからだとの説明を受けたので、控訴人代表者金山武市に対し、登記手続を了したら知らせてほしい旨依頼し、更に昭和四二年三月二七日には控訴人に対し、作之助の失踪宣告があったのだから早く登記手続をするよう書面で申し入れ、その後自らも二度ばかり本件建物の登記を調べたが、控訴人のための登記はなされていなかった。ところが同年八月、控訴人によって被控訴人を相手方とする本件建物賃貸借の解除に基づく家屋明渡の調停の申立が江戸川簡易裁判所になされ(この調書申立書中には、控訴人が本件建物につき登記を経由したことは記載されていない)、同月下旬右調停期日を同年九月一二日午前一〇時とする旨の期日呼出状を受け取った被控訴人は、同年九月六日杉村司法書士に依頼して本件建物の登記を調査したところ、はたして控訴人のため同年四月一三日受付で所有権移転登記がなされていることを知った。そして同年九月一〇日被控訴人は控訴人から特約違背を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を受けたもので(前記のとおりこの点は当事者間に争いがない)、同月一二日の第一回の調停期日においても、控訴人の態度は被控訴人に対し本件建物を明渡せの一点張りでその立退料を云々するのみであったので、被控訴人はとうてい賃料を提供しても控訴人は受領しないであろうと考え、昭和四二年八月分までの賃料は正七のために供託したままとし、同年九月二九日、九月分の賃料を控訴人のため供託し、以後昭和四四年四月分まで、毎月、同人のために賃料の供託をした。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定説示によれば、被控訴人は、昭和四二年四月一三日以降、賃貸人たる控訴人に対し、月額七、〇〇〇円の賃料を毎月二八日限り、支払うべき義務を負担したが、被控訴人は右昭和四二年四月一三日以降同年八月三一日までの分については、前家主である竹林正七のために供託したものであって、右供託は、前記認定の事情のもとにおいては、民法四九四条の法意に照らし、弁済の効果を認めるのを相当とする。そして、この解釈に立つならば、被控訴人がなした昭和四二年九月一〇日到達の解除の意思表示は、未払賃料不存在の故に無効というべきである。かりに、右供託が弁済としての効果を認めることができないとしても、右解除は、以下に述べる理由によって無効である。すなわち、

右認定事実によると、被控訴人は、法律上被控訴人に対抗できる本件建物の賃貸人に対しては、約定賃料を支払う意思と能力を有しているものであり、控訴人に対して賃料を支払わなかったのは、控訴人が被控訴人に対する本件建物賃貸人としての対抗力を有していなかったことによるものであるということができ、右認定のとおり、被控訴人は控訴人に対して、本件建物所有権移転登記経由の通知を依頼していたのであり、右登記経由ということは、控訴人にとっては当然に知り得ることであり、かつ、その被控訴人に対する通知ということも至極容易になしうることであることを考えると、右登記を経由し、かつ、これを控訴人が被控訴人に通知し、または被控訴人がみずから右登記経由の事実を知った後でなければ、被控訴人の控訴人に対する本件建物の賃料債務は履行遅滞とはならないものと解するのが相当である。してみると、被控訴人は、同人が控訴人に対する本件建物所有権移転登記経由の事実を知った昭和四二年九月六日の翌日たる同月七日から、控訴人に対する本件建物の賃料債務(昭和四二年四月一三日以降同年八月三一日までの賃料債務)について履行遅滞に陥ったものであり、その僅か三日後に、催告をしないでなされた賃貸借契約解除の意思表示は、前記認定の特約によっても、その効力を生じ得なかったものというべきである。

五  そうだとすれば、賃貸借の終了を理由とする控訴人の本訴請求はすべて失当であって、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用については同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東秀郎 裁判官 寺井忠 松本昭彦)

〈以下省略〉

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